朝日を見に行きます

ごあいさつ
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ここはやはり、おはようございます。ですね。MAXみやびです。

僕はどちらかと言うと朝が苦手です。とはいっても平日は5時には起きているのですが、それは寝る時間が10:30と早いためです。
昨夜は2:30まで起きてまして、6時に起きるというかなり珍しく早起きなのです。早起きは3文の得といいますし、悪い事ではないのでしょう。寝たくなったら、寝たらいいことですし。

さて、僕はドライブも趣味なのです。それも長距離です。休憩や仮眠もとりますが、大体1日15時間くらい走るのが平均でしょうか。
一晩中、あるいは日の出とともに走り続けます。
時速50kmで15時間走ると単純計算で、50×15=750kmが1日の走行距離になります。確かにそれくらいの感覚ですね。この時速50kmというのが肝で、夜の国道だったら80kmは出ますし、逆に日中の街中では渋滞で15kmくらいしか出ないと思います。その辺を平均すると大体時速50kmというのは妥当かなと思います。

基本、高速道路は使いたくないです。一番の理由は金がかかることですが、例えば首都高とか阪神高速みたいな渋滞が予測されるところでは時間をお金で買うといいますか、やむを得ず高速道路を使います。でも郊外に出たら、というかスムーズに走れる道ならば、下道を選ぶと思います。

下道はいにしえのロマン

なぜか?
下道にはロマンがあると思うからです。この辺は鉄道ファンにも通ずるところがあると思うんですが、走りにくい下道も数年、路線によっては何十年も同じ佇まいでそこに存在するのです。そこを何万、何十、何百、何千、何億台の車が何のために使われていたのか。
単なるお遣いだったのか、仕事か、輸送か、観光か。何にせよそこから見える風景はその何十年前と変わらないものだったのかと思うと、先人たちと同じ風景を見ているというのが、とてもロマンティックに感じるのです。
ツーリングに多いのですが、バイパスを避けてわざと旧道を走る人たちがいます。そういう人たちの目的はやはり、そういう歴史に触れたいという気持ちがあるからではないでしょうか?

朝日を浴びて

上記の写真はとある日に和歌山の海沿いで撮影した、朝明けの写真です。
きれいな海でした。遠くに見える岬を数知れぬドライバーがかつて見て走ったのです。そう思うと自分もその一人になれた気がして、なんだか誇らしげな気分にすらなるのです。城めぐりや観光と同じような感覚ですね。唯一違うのは「ひとりで走る」ということです。後年は妻であったり長男であったりするのですが、どこをどうやって走るかは自分で決められるということです。そこが最高ですね。普段は決められたレールの上を単純に走るだけなのが、この時だけは自分の気持ち次第でどこを走ってもいいわけです。誰にも遠慮せず、自分の好きな風景を見ながら、自分のスピードで走ることが出来る。最高ですね。

近年は下道もバイパス化が進んでいて、昔来た時はきれいな風景が見られたのに、来てみたらトンネルですり抜けられてしまう、などということもザラです。普段通る人からすればありがたい事なのでしょうが、ドライブ気分で来てる僕らはやはり古い状態・・・というか先人たちが見た風景をそのまま残してほしかったな、と思うのです。

新婚旅行で走った道かもしれません。遠くへ引っ越すために走ったかもしれません。実家を訪ねるために走った道かもしれません。転勤で走った道かもしれません。

そんなことを思いながら、車で道路を走る。それが好きなのです。

そういう気分で作った歌が「車は走る」という歌です。

車は走る

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新婚旅行での憂鬱

新婚旅行は九州縦断ドライブでした。
福岡、大分、熊本、鹿児島、宮崎と好き勝手に走り回りました。妻はそういう予定なしに走り回るのがあまり好きではなかったようですが、宿の予約もなく飛び込みで泊まって楽しかったです。博多ラーメンを食べて、やまなみハイウェイを走って、草千里の風景を見て、指宿の砂風呂に入り、九州最南端の佐多岬にも行きました。霧島や日南海岸の風景も良かったです。

が、帰りがひどくて、宮崎発大阪行きフェリーに乗ったのですが、これが悲惨でした。
大きい船だからそんなに揺れないだろうと思っていたのですが、これが見当違いでして、犯してはならない乗船ミスを犯したのです。

まず、船ではバイキング方式で定額料金で好きなだけ食べることが出来たので、山盛りに食べ物を食べ、その中にはみかんの缶詰みたいなフルーツポンチも含まれてました。
その後船室へ戻るのですが、中は排気ガスの臭いが充満していて、しばらく休むために横になっていました。

錨が上がり出航です。内海はそうでもなかったですが、外海に入ると途端に船は大きく揺れ始めました。船室にいた僕は段々気分が悪くなってきました。そうです、やっていけなかったのはこの時点でふたつ。ひとつは排ガス臭い船室に長いこといたこと、そしてバイキングで食べ過ぎたことです。

たまらなくなってデッキに出ました。もう外は真っ暗で、波をつんざく音だけが聞こえました。デッキで新鮮な空気でも吸えば船酔いも収まるだろうと思っていましたが、ますます吐き気を催すばかりでした。後からわかったのですが、柑橘系の食べものは乗り物酔いになりやすいということでした。

そして時は来ました。夕方6時ごろ出航したフェリーのトイレで派手に吐きました。食べたものはすべてトイレの藻屑と消えたわけです。

それでも吐いたおかげでだいぶ気分は落ち着き、船は朝に大阪に着きました。
後年分かったことですが、このフェリーをよく使うという友達から聞いたのは、

  • バイキングは食べずに、コンビニで食べ物を買ってくる
  • 柑橘系の食べ物は絶対食べない
  • 船室にはおらずにデッキで体を慣らす

といった事でした。すべて僕は裏目の事をしていたわけです。知らなかったとはいえ、自分がちょっと可哀そうになりました。

ただそこで収穫がひとつありました。
デッキで船酔いで苦しんでた僕は、沖を見ながら立ったままの女性の姿を見ました。
「この人はどこへ行くのだろう」「何の用事でこの船に乗ったのだろう」「どんな気持ちで乗っているのだろう」などと考えると勝手な思い付きで頭の中で詞が出来上がったのです。そこで出来た歌が
「船旅の女」という歌です。

船旅の女(妄想)

失恋という旅立ちの歌です。結構気に入ってます。良かったら聞いていただけると嬉しいです。あくまでも勝手な妄想で作った歌ですが、こういう事情の人も中にはいたかもしれません。

昔、お付き合いをしていた女性の方とペアでそろえたキーホルダーを、今回のフェリーとは違う船のデッキから投げ捨てたことがありました。空しい気持ちを投げ捨てるために、わざわざ船に乗ったのでしょうか?
(当時は明石海峡大橋が未開通で本州に戻るにはフェリーしか手段がなかったからです)

やがて大阪行きのフェリーは港に着きました。もう日は高く昇る時間でした。日の入りの時間はデッキで朝焼けを眺めていました。周りはもちろん海ばかりで、時折すれ違う船と、遥かに霞む小島が見えるだけでした。船酔いというアクシデントはありましたが、またいつか乗ってみたい船のひとつであります。

夕日は誰でも容易に見ることが出来ることです。
でも日の出はその時間に起きていないと見られません。

その日が昇るタイミングで日本のどこかをぶっ飛ばして走る、自分にとってはこれに勝ることはない事のひとつであります。

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