「俺らの家まで」と「もうひとつの土曜日」

音楽

俺らの家まで

「俺らの家まで」は長渕剛の初期のナンバーで今でもファンが好きな曲のひとつです。軽いテンポで曲は進み、サビの「機嫌直して、こいよこいよ」の「、」の部分で「つよしー!」ファンからのレスポンスが入るのも人気のひとつだと思います。

しかしこの歌の主人公、はっきり言ってゲス、です。とりあえず相手の女の子のお兄さんに賛成されていない、ということです。この「賛成」が何を指すのかはわからないのですが、おそらく「交際」のことだと思います。まだ「結婚」には早いでしょう。そこは主人公も「兄貴の言い分もわかる」と一定の理解を示しています。

ところが急に態度が変わるのは「女好きは俺らの悪い癖」とぬかします。女の子は一体それをどんな目で見るのでしょうか。「でも遊びなんかじゃないよ」と弁解する主人公。そんなの口ではいくらでもいえますね。「ほんの遊びのつもりだった」なんてのは言い訳の常套句であります。

最後に「機嫌直して、来いよ来いよ」と誘惑します。「機嫌を直して」ということは「機嫌が悪い」「機嫌を損ねた」ということを認めており、女の子の心中は穏やかではないということがわかります。つまり「女好き」であることを隠しもせず、堂々と言ったりやったりしてるわけですね。なかなか図太い神経をしてます。

もっとも最後のセリフとして曲のタイトルでもある「俺らの家まで」と言って曲は終わります。「俺らの家」まで行ったらどうなるんでしょうか?

  • ただの待ち合わせ?
  • 一緒に家でご飯食べる?
  • 一緒に酒でも飲む?
  • ゲームして遊ぶ?
  • 一緒にふろに入る
  • 同じ布団で・・・

多分一番下の行為に及びますよね、きっと。
それでいて「女好き」は「悪い癖」と開き直り、彼女の機嫌を損ねる主人公。
それは確かに「君の兄貴が賛成しない」のも、ごもっともですね。

もうひとつの土曜日

つぎに紹介するのは浜田省吾の人気の高いバラード「もうひとつの土曜日」です。この歌も大概ゲスなんですが、唯一謎なのは「彼氏と彼女が別れていたのか?」という点です。

「昨夜眠れずに泣いていたんだろ、彼からの電話、待ち続けて」という歌い出しは一見おせっかいを焼いている気の良い男友達、というような感じですが、この時点ではまだ彼氏がいると思われます。「瞳縁取る悲しみの影」と、女の子が泣いていたことを見抜いた主人公。この時点で既に気があるような素振りです。

「もう彼のことは忘れてしまえよ」このセリフがすごく身勝手ですね。この時点ではまだ彼がいることがはっきりしているのに、「忘れてしまえよ」とは、自分の方になびかせる、相手の心の弱さに付け込む戦略的な言葉だと思います。

「まだ君は若く、その頬の涙、乾かせる誰かがこの街のどこかで、君のことを待ち続けてる」明らかに主人公のことと思われますが、他人事のように思わせるテクニックもなかなかあざといですね。

その後も女泣かせのポエムが続くのですが、決定的な出来事が起きます。
「今夜この街を出よう、友達に借りた、おんぼろ車で海まで走ろう」
完全なナンパです。女の子の方はさすがにもう彼とは別れていると思いますが、彼女の心を掴んだ主人公、してやったりといったところでしょうか?

「週末の夜は俺にくれないか、たとえ最初で最後の夜でも」純情そうに感じますが、そんなはずはない!本音は毎晩欲しいと思っているに違いありません。週末の夜、の時点でヤル気満々ですね。

最後の最後に「受け取ってほしい、この指環を」とプロポーズします。そして「受け取ってほしい、この心を」でこの曲は終わります。彼女が元カレと別れた時から折を見てはチャンスを伺い、自分の方を振り向かせるという、彼女のいない男性にとっての素晴らしいバラードです。

「俺らの家まで」「もうひとつの土曜日」2曲について軽くまとめてみましたが、結論は

僕、この歌大好きです。


コメント